EDITOR
TOMO
泉大津 我孫子 若頭
祭りは、人と人が紡いできた場。
我孫子を、残したくて始めました。
一つの町だけでは守れない。
泉大津全体で、紡いでいきたい。
生まれは堺ですが、小学生の頃からここが地元です。
この街の祭りを、残したくて動き始めました。
祭りは、僕にとって「場」です。
小さい頃からの友達に会えるのも、この場。
遠くへ出た先輩が、帰ってくるのも、この場。
自分が試されるのも、この場です。
もし、この場が無くなったら。
僕らはきっと、ただの個人に戻ってしまう。
そう思うと、どうしても残したい。
祭りの日。人が、集まる。
全部の町へ
いちばんの願いは、我孫子の存続です。
でも、祭りは一つの町だけでは残せない。
独りよがりでは、作れないんです。
正直に言うと、僕は去年まで、自分の町のことしか考えていませんでした。
だからこそ今は、どの町にも足を運びたいと思っています。
ぜんぶの町と一緒に、この祭りを次の世代へ渡していけたら。
そう思っています。
どの町にも、足を運ぶ。
梃子尻から見た景色
ポジションは、梃子尻です。
だんじりの動きを後ろから見ながら、誰よりも声を出す。
でも、僕一人では、だんじりは曲がりません。
曳き手から梃子まで、みんなの息が合ってこそ、やり廻しができる。
この感覚で、泉大津通信を続けています。
一人でできることは、小さい。
でも、たくさんの人とつながれば、街は変えられると信じています。
我孫子のだんじり。
実家がご飯屋なので、料理はつい本気に。スケボーの板も、乗りたい形を自分で。凝り性なんだと思います。
板は、自分で作りました。
料理も、ぜんぶ手作り。息子のお食い初めも、自分で作りました。
若頭連合の「だんじりフェスタ」では、企画や運営にも関わっています。討論会の司会も務めました。
泉大津市長と。/ 討論会の司会を務めたときに。
泉大津通信は、この協議会が運営しています。
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