泉大津若頭連合連絡協議会
人が集まる場を
未来に残すために
泉大津には、19台のだんじりがあります。
祭りの日、この街の空気は一年でいちばん濃くなる。
けれど僕たちが残したいのは、祭りそのものだけではありません。
だんじりは日常
小学生からの同級生や先輩に会える場所。
人生の大切なことを教えてもらった場所。
自分を試す場所。
一年のうちの数日ではなく、ずっとそこにある日常です。
東北や関東に引っ越した仲間も、祭りの時期には帰ってきます。
だんじりがなければ、たぶん帰らない。みんなそう言います。
年に一度、ここで同窓会が開かれているようなものです。
だんじりがあるから、保てている縁があります。
だからこの場所がなくなることが、いちばん寂しい。
本番の夜だけ、だんじりに提灯が灯ります。
5年後も、続いているか
一昔前まで、泉大津には20町のだんじりがありました。
今は19町です。
ひとつの町が、人が足りず維持できなくなって、手放しました。
どの町も青年団が100人を超えていた時代がありました。
今は、維持できている町のほうが少ないと思います。
- 人はいるか
- 関係は続くか
- 次世代はいるか
5年後、10年後に同じ景色があるかと考えると、正直、寂しくなります。
祭りのない日の街。この日常があってこその祭りです。
切り抜き報道の外にあるもの
SNSやテレビで見かけるのは、たいてい一部分です。
事故や、ぶつかり合いの瞬間。
それも祭りの一面ではあります。
でも、そこには映らないものがあります。
ほんの少し力加減を誤れば、仲間が挟まれる。命懸けの一瞬の顔です。
祭りの前には、神社で無事を祈ります。
祝詞をあげ、祈祷を受けます。
町の長、危険な場所を担う者、前梃子が並びます。
祓いは、社の中にいる人にも、外で見守る僕たちにも行われます。
祭りのあと。手入れをして、乾かしてから幕をかけます。
木は、手をかけなければ腐ります。
50年先、100年先へ渡すための手入れです。
次の世代のために。
受け継ぐというのは、そういうことだと思っています。
どれも目に見えないものばかりですが、
これが本来の価値だと思っています。
この街と、出会ってほしい
だんじりの宣伝は、どの町も充実しています。
足りないのは、そこではありません。
この街と出会う、きっかけです。
まず知ってもらうこと。来てもらうこと。
その接点をつくるために、泉大津通信を始めました。
人が集まる理由がある
海がある。
古い町並みがある。
1350年の歴史をもつ神社がある。
おしゃれな店も、美味しい店も、人情もある。
派手さはなくても、人と人の距離が近い。
都会では感じにくくなった素朴な関わりが、この街には残っています。
興味さえ持ってもらえれば、人が集まる素材はもう揃っています。
泉大津若頭連合連絡協議会
泉大津市には19台のだんじりがあり、大きく3つの連合に分かれています。
その3つが集まって、この協議会になります。
- 濱八町 8台
- 助松・曽根地区 7台
- 穴師地区 4台
市政80周年を機に発足
祭礼だけの団体ではありません。
市内の活動に加わること、災害時に力を発揮できることも目指しています。
EDITOR ・ 泉大津 我孫子 若頭
TOMO
堺から、小学生のときに泉大津へ来ました。もうすぐ30年になります。
ポジションは梃子尻です。だんじりの動きと梃子のメンバーを後ろから見ながら、誰よりも声を出す。みんなの中でサポートすることが、自分の役割だと思っています。
泉大津通信でやっていることも、たぶん同じです。